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ドラマまとめ好き.com

のぶちゃんが参加する勉強会には村岡花子など将来活躍する人がいます

朝ドラ「あさが来た」新次郎ロスからあさは立ち直ったのでしょうか、しんじろうに贈られた梅の木が今年も花を咲かせています

新次郎がこの世を去ってから6年が過ぎました
1910年(明治43年)を迎えました
のぶちゃんが留学から帰ってきました
二の岡勉強会の豪華な面々

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白岡家の梅の期はすくすく育ちましたか、開花の時期にはたくさんの花をさかせるよになりました

千代は長女の多津子が7歳になりました
次女の恵津子は6歳、3女の左津子は5歳と三人の娘に恵まれました
お腹には4人目の赤子がいて、家族で芦屋に家を立てて暮しています

千代が白岡家に遊びに来た日、ちょうど留学から帰った田村宜ちゃんが訪ねていました
突然の再会に、二人共歓声を上げて駆け寄りました

それがなぁ、コロンビア大学の家政科は衣服学教えるにしても、歴史や織り方や・・・
田村宜は留学咲きで得た知識を夢中になって話ました
千代は淀川生命の社長代理になった啓介の事を誇らしげに話しました

話題が多少咬み合わないのも、二人の気が合って楽しいのも昔のままでした
あさも田村宜ちゃんが来たことを大歓迎しました
還暦を過ぎたあさは歩く時には杖が必要になりましたが、学ぼうという意欲を持ち続けていました

それどころか、新たに企画を立ち上げようとしていました
それは富士山が見える場所に建てた別荘にやる気のある女性ばかりを集めて勉強会を開こうというものでした

堅苦しい形にこだわらんと、自由な発想で意見交わして研鑽し合おてもらお思てなぁ
良かったら田村宜ちゃんもみんなになんか話したげて、アメリカで学んだだこととかなぁ
田村宜ちゃんは一もニもなく是非にと引き受けたのでした

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史実では静岡研御殿場の二の岡にて1914年(大正3年)から毎年勉強会が行われました
20数名の参加者でしたが、広岡浅子さんが選んだだけあり、教育やジャーナリズムなどなど、色々な分野で活躍をする人物が登場します

村岡花子さん
その中にはNHK朝の連続テレビ小説で「花子とアン」の主人公となった村岡花子さんがいます
英語教師をしていた時期に広岡浅子を知って勉強会に参加していたのでした
モンゴメリー「赤毛のアン」の翻訳でも有名ですし創作活動も多数されています
幅広い活動をして、文学会に多大なる貢献をしたのでした

市川房枝さん
長く参議院を務められていたのでご存知の方もいらっしゃるでしょう
社会活動家、政治家です
新聞記者や教員を経て上京して婦人参政権獲得などの女性の権利向上のための運動に身を投じていました

小橋三四子さん
ジャーナリストで編集者です
女性ジャーナリストの草分けとして活躍します

広岡浅子の援助にて「婦人週報」を発刊します
広岡浅子の自叙伝である「一週一信」を出版しました
浅子の晩年に寄り添っていたので浅子の活動の記録を沢山残しています
残念な子とに広岡浅子の死後欧米留学をして主婦の友社に入社したのですが38歳で急死してしまいました
広岡浅子さんが勉強会を開いてまで願っていた女子教育があとあと着実に後世に残っているのでした

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