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あさが来た 【名門女子大学】の礎を創った人々達を紹介します

朝ドラ・NHK朝の連続テレビ小説で注目の日本女子大学ですが他にも歴史のある名門女子大学は沢山あります、この中から関東と関西の名門校を3つずつ紹介させて頂きます

日本女子大学創立の後明治大正は女子高等教育の門戸が一斉に開きました

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●津田塾大学:津田梅子(つだうめこ)
6歳の時、岩倉具視とともに最年少の少女としてアメリカ視察に参加しました
現地の初・中等教育を受けました
11年後帰国して女性の高等教育と地位向上に生涯を捧げました

1900年(明治33年)私塾として創設しました
自らのアメリカ留学の軽々を行かして「男性と協力して対等に力を発揮出来る、自立した女性の育成」を目指しまし

女性の地位向上こそ日本の発展に繋がるという強い意思の元に、少人数教育、英語教育などを重視していました

●東京女子大学:新渡戸稲造(にとべいなぞう)
国際派の学者・教育者・行政家です
初代学長となったあとに国政連盟事務次長に就任しました
敬虔なクリスチャンでもあります
旧5千円札の顔として有名です

1918年(大正7年)創立されました
初代学長の新渡戸稲造は女子教育に深い理解がありました
「知識よりも見識、学問よりも人格を尊び、人財よりは人物の養成」を目指した教育に重きを置きました
名誉学長になった後にも学校を訪れては学生達を語り合ったり手紙を送ったりして大きな影響を与えました

●東洋英和女学院大学:マーサ・J・サートメル(まーさじぇいさーとめる)
1884年(明治17年)全身の東洋英和女学校が創立されました
カナダ人の宣教師だったメートメルがキリスト教精神のもとに始めました
NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で話題になった村岡花子と白蓮の母校でです

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●同志社女子大:新島襄(にいじまじょう)
21歳の時に国禁を犯して米国に渡りました
その後10年滞在します

欧米文化発展にキリスト教と教育が深く関わって入ることを確信して日本の近代化を目指しました
1876年(明治9年)女子塾として創立しました
「自由」「自立性」「良心」を尊重する人間の育成を目指した同志社大学同様にキリスト教主義の女子教育を始めました

教育理念は「良心を手腕に運用する人物の養成」
大河ドラマ「八重の桜」の主人公である新島襄の妻・八重(やえ)も教鞭をとっていました

●神戸女学院大学:イライザ・タルカット・ジュリア・ダッドレー(いらいざたるかっとじゅりあだっどれー)
1873年(明治6年)にアメリカ人宣教師のタルカットとダッドレーが女子の為に私塾を創立しました
リベラルアーツ&サイエンスとともに、建学依頼の「国際理解」と「愛神愛隣」の精神を貫いています

●京都女子大学:甲斐和里子(かいわりこ)
1899年(明治32年)前進の顕道女学院が創立しました
創立者の和里子は同志社女子大の全身の学校に3年間在籍して英語教育も学びました
幅広い教養の持ち主でした

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