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あさが来た 鳥羽・伏見の戦いと天王寺屋の没落

慶応3年10月には大政奉還が行われました

将軍慶喜は内外の情勢を参考にして、幕府の存続を断念したのでした
大政奉還のは政権を天皇に返すという意味なのです
しかし、実際には政治権力を放棄したという訳ではなくて徳川家が中心の体制を新しく作りなおす意図があったとも思われます

そして12月には王政復古の大号令が出されました
江戸幕府は廃止されてしまいましたがまだ決着はついていませんでした

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慶応4年300年続いた徳川家を排除したい薩長連合は武力で幕府を倒そうと準備を勧めました
対する幕府も主戦派が勢いを増した結果、充分に戦略を練る暇もなく、戦いに発展していった
鳥羽伏見の戦いでは火力で勝る新政府が勝利を納めました

この時、新政府に軍事費を供給したのが浅子の実家の三井家なのです
この資金提供がなければ新政府は行軍すらままならない所なのです
三井家は新政権に大いに貢献しました

慶応4年4月江戸城無血開放
鳥羽伏見の戦いにおいて朝廷は新政府軍を官軍と認めました
旧幕府軍は朝敵とされました
江戸に逃げ戻った慶喜には朝廷を敵にまわして戦う意図はなくて和睦の道をさぐっていました

そして勝海舟と西郷隆盛が会談をかさねて徳川家は降伏しました
江戸城は無血で開城しました
旧幕府軍というと会津藩を中心に抵抗を続けていたので東北や北海道では多くの血が流されました
最大の人口を保有する江戸が戦場にならなかった事は明治の世になってからの経済状態に大きな影響を与える事になりました

江戸城が焼け落ちていたとしたら違う年が首都に成っていたのかも知れません
幕末いかにお金が必要だったのか、軍を動かすにもどちらにしてもお金が必要だったのです

幕負も倒幕派も外国からも提供されていたでしょうが、それでも資金は大商人から借りる事が多かったようです
普段でも大商人からお金を借りる事が多かったのでしたら非常事態の時はなおさらだったのでしょう

鳥羽伏見の戦いの時も大坂では、幕府の役人が鴻池屋や加野屋を回っては御用金を催促していたといいます

幕府も最期には大商人を何人か江戸に呼びつけてお金を調達するように軍資金を要求しています
NHK朝のテレビ小説「あさが来た」でも大坂の豪商の加野屋の正吉が幕府から十万両を要求されショックで腰を抜かしてしまうシーンがあります

加野屋は幕府にも多額の御用金を提供しましたが長州藩とも関係が深くあり、倒幕派にも資金を提供していました
要求に応じざる負えなかった事情も有るのでしょうが、どちらがかっても良いように保険をかけていたのでしょうか?

ヒロインあさの実家の三井家は新政府にかけていたのとは少しバランス感覚が違うようです
明治維新で大きく社会が変わり江戸時代の豪商は明治になって没落しました

その代表各が浅子の姉春が嫁いだ天王寺屋です(あさが来たではあさの姉はつが嫁入りした山王寺屋です)
大名がいなくなったので大名貸しを本業にしていた店はやっていけないでしょう

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