姉はつは白蛇惣兵衛といい感じあさはでめきん呼ばわり もう嫌や!
まだまだ子どもやと新次郎は三味線の師匠さんの所へ出かけてばかり
あさと新次郎は結婚して1ヶ月も経つのに一緒に夜を過ごす事が無かった
あいつがふらふらしてんのは今に始まったことやあらへんけど
お嫁さんもらたらちょっとは落ち着くやろと思てましたのにな
おまえ様!こら大ごとでおます
早よどないかせんと
と言うとどこへか消えて行きました
正吉はさぞかしあさが気落ちしているかと思い気遣うと
亀助は女中達に聞く所によると
よう食べ、よう寝むりになって
大の字になって寝てるとか
びっくりやな!
京都は大文字が名物やとは聞きましたが・・
一方離れの新居にいるあさはと言ったら
母の梨江から貰ったお守りを手に布団に大の字に寝っ転がっている
ああ考えてもしょうがない 寝よ!
新次郎があさを遠ざけている理由は相撲意外に見当たらないのでした
慶応二年(1866年)幕末の動乱期、激しさを増してきました
この年の始めにはこれまで敵対していた薩摩と長州が手を結んで薩長同盟が成立しました
徳川政府の元では新鮮組による京都の警備が続いていましたが幕府権力の弱体化には歯止めが効きません
新選組の土方歳三の剣が飛ぶ
町の人々は長きに渡った時代の終焉が近い事を予感しているようです
あさは大坂にいるので京都の物々しさとは関係ない生活を送っています
ただ箏を弾く生活は程遠いようです
ある日あさがいなくなった
加野屋の若奥さんがお供も付けずに出かけるやなんて
まさか出て行ってしまいはったんで行ってしまいはったんやろか?
いいえいかはりそうなとこはわかってます
8月のある朝にあさは加野屋を抜けだして姉はつの嫁いだ山王寺屋まで行くことにしました
店を囲む黒塀の中をうかがっていると背後から声を掛けられて驚く
あさ会いにきてくれたんやな
微笑む姉おはつ
そやけど今から旦那さんとちょうどお芝居見に行くとこなんや
はつの背後には白蛇はんの惣兵衛が立っていました
あさを一瞥するとはつには
先に行くと言って惣兵衛は出かけてしまいました
あさは呆れて
相変わらず合いそうのないお方やなぁ
とつぶやく
姉のはつは
ふふ
そうやけどたまぁに、蛇みたいにだまってはる時でも心で笑っているのがちょっとわかるようになったわ
ああ見えて、可愛らしいとこもある御方なんええ
そうどすか
それはよろしおましたな
きっとまた会いにきてな
うちは何不自由無くらしてます
ありがたい事やわ
へえうちも元気に暮らしてます
意外な答えに驚くあさ
姉のはつがにこやかな表情をしているのでここでは満たされた生活をしているのが見てとれました
はつと白蛇はんの惣兵衛が仲睦まじそうに並んで歩く後ろ姿を見てあさは羨ましく見送りました
ようしうちもしっかりせな
こっそり加野屋に帰ると女中のうめが怒った顔をして待ち構えています
しもたうめが怒ってる
おとうさんまで
うめだけでなくてその横では正吉までが腕組みをして険しい表情をしている
すんまへんでした
正吉に平謝りのあさ
どこへ以降と思ってはりましたんや?
ホンマは?京都の家に帰りたかったんでありまへんか?
正吉にそう質問されましたがあさはびっくりぽんです
いいえ!お父様、それは違います
うちは今井の父に一生帰ってくるなとそう厳しく言われて来たんです
一旦敷居をまたいだからには一生京都には帰らへん決心でございます
ほんまか
決して逃げるような真似はしまへん
嫁として一生加野屋をお守りしたいんです
覚悟を切々と言うあさ
正吉の顔色が喜色を浮かべました
それほどの覚悟か
おおきに
ハハハ、いや、色んな事で
今井のおあささんは今日が激しいらしいで、新次郎相手ではすぐ短気起こしてで戻てしまうわって言われてな、少ぉし心配してましたのや
そんな噂が・・・すんまへん
そうや、それならこれからは、この店の手伝いをやらせてもらへまへんやろか?
うち京都の家でも算盤入れてたんです
あさは今井家では算盤を入れたら番頭達に引けを取らないくらいに腕を上げています
ところがどっこい正吉はあさが目を止めた大福帳をさっと引き出しにしまいました
大福帳には金の取引や米や砂糖などの商いの商才がすべて書いてあり、おなごはんは見てはいけないもだす
おなごはみたらあかんもん
昔からのしきたりだしてなぁ
両替商ちゅうのは信用がすべて、その信用を守るには古くからの決まりを守って粛々として守っていかなあかん
そうどしたかか・・・残念そうに
出すぎた箏をすんまへんでした
あさは納得していませんが加野屋に来て1年にも満たない嫁が古くからの両替商のしきたりを破るわけにもいかないのでした
そのとおりだす、あささん
よのが声をかける後ろには女中のかのがいる
加野屋の湯嫁にふさわしいのは商いを知るおなごやあらしません
夫に惚れられるおなごだす
惚れられる??
あさは全然自信がありませんでした
わかったらちょっときなはれ
よのに連れられて奥の部屋へ
なんとよのに化粧をされる
お化粧もせんさかい
子供みたいやからちいと手えだせへんのかもしれまへんなぁ
意味深なことをまた言う姑です
艶っぽいおなごはんになりますなぁ
旦那さまどこいきはるんです
化粧した顔をして新次郎に声を掛ける
ちんどん屋みたいな顔で声を掛ける
こりゃ!びっくりした!どこの出目金かと思うたで
新次郎に驚かれていよいよ逃げられてしまう
ヤッパリ出て行ってしもうたやないの
もう嫌や
化粧を落とすあさ